真に優秀な吟遊詩人は、どこかの王国で王たちの前で歌うことを赦されたりするものだ。
壮大な冒険譚を、胸を打つような甘美な愛の物語を歌ったりするのだろう。
煌びやかに装飾された広間で、王のもと集った貴族たちにダンスのための曲を演じたりする。
そういった吟遊詩人は世界に一握りといないであろう。
そこに到らない吟遊詩人たちは街中で楽しげに歌ってみせる。
酒場や、人が集まる、たとえば豊かに水を湛える噴水の前、往来の人々の目を奪いその美しさで心を洗うかのような花々が咲き誇る花壇の前。
子どもたちは足を止め、その勇敢な戦士の歌に聞き入り、自身の夢を重ねたりする。
街中を行く婦人たちは、彼の歌う甘い愛の曲に胸を高鳴らせる。
そして、酒場の男たちはその曲を肴に一日の疲れを酒とともに洗い流す。
そういった場所が吟遊詩人、という言葉の持つイメージに良く似合う。
だけども、わたしが持つ吟遊詩人とはそんなイメージとは違う。
木陰で休む魔道士たちにさりげなくバラードを聴かせ、前線で戦うものたちに大いなる勇気を与える歌を披露する。
そして自身は決して戦いに流されることはなく、ただその場を冷静に見つめている。
それがわたしの良く知る吟遊詩人だった。
わたしは吟遊詩人の装備を身に纏いながらこんなことを考えていた。
「結局ここに戻ってくる・・・わけか。」
モーグリが必死に整理しているロッカーには黒魔道士の装備。金庫からはみ出ているのは赤魔道士の装備。
わたしの持ってるものの中で、吟遊詩人用の装備たちが一番質素である。
赤魔道士や黒魔道士の装備は、相当なお金と労力を使って集めたものばかりだ。
「でも、なんで唐突に吟遊詩人クポ?がんばってる黒魔道士とか赤魔道士のがいいんじゃないクポ?」
「そりゃねぇ。でも今回は冷静な目が必要なんだよ。」
「目??吟遊詩人だと目が増えるクポ?」
「あはは、それじゃ怪物じゃない。」
9人のワルキューレの姉妹、そのうちの一人の名がつけられた間。
ここはグリムゲルデと呼ばれている。
大昔の試験場とはいえ、ここは一体どれほどの広さを持つのだろう。
とてつもなく大きな洞窟、と例えるといいのだろうか。
そこに集まった25人の冒険者たちと共にわたしはいる。
管楽器を携え、ゆっくりと深呼吸をする。
大丈夫、落ち着いてる・・・。
洞窟の奥には無数のコウモリたち。
あちらもこちらを窺ってるように思える。
パサパサと鳴る乾いた羽音は、まるで戦いの合図を待つわたしの鼓動のように思えた。
「よし、行こう!」
その合図を受け、ナイトが先制攻撃。そして戦いは始まった。
この時を待っていたとばかりに、ナイトに向かって猛進するコウモリたち。
その数は10を優に超えている。
わたしはみんなの足元をすり抜け、素早くナイトに駆け寄る。
少しずつ蓄積されていくダメージ。血に滲む白い鎧。
「もう少し、もう少し・・・。」
わたしは小声でつぶやく。
わたしの視線の先には、一番遠くにいたコウモリが近付いてきていた。
そう、わたしはそのコウモリが近付く瞬間を待っていた。
「聞いてもらいます・・・、ララバイ!」
静かに、深い眠りに誘うように思いを込めて演奏を開始する。
そうすると待機していた仲間たちが一斉に集まったコウモリに攻撃を開始する。
わたしはその場に留まりバラードを一曲演奏する。
何より心にゆとりを与える音楽。魔道士たちに好まれる曲。
そしてわたしは待ち構える。
多分もうすぐ目を覚ますであろうコウモリたちの一斉攻撃を。
わたしの耐久力じゃ持たないかもしれない。
「だけど・・・冷静に・・・冷静に・・・。」
キィ、と何かを引っ掻いたような音とともにコウモリたちは一斉にわたしに向けて動き出す。
「冷静に・・・冷静に・・・、今だ。」
わたしは再び演奏の構えに入る。
それを好機と見たか、一斉に飛び掛かってくるコウモリたち。
わたしの腕を、首を、至る所に噛みついてくる。
だけどわたしは吟遊詩人。歌を聞かせてるとき、演奏をしているときは何も感じない。
ただ一心に、わたしは自分にできる最高の演奏を行う。
閉じていた目を開く。と、視界は真っ赤だった。
きっと頭や顔にもコウモリたちに噛みつかれたのだろう。
血を服の袖でゴシゴシと拭う。
やっと晴れた視界の先には、再び眠りに落ちたコウモリたちが見えた。
仲間にケアルで助けながら、わたしは充足感を得ていく。
「うん、これならみんな大丈夫だろう。」
わたしは再び身構える。
その心は、次の演奏を待ち焦がれていた。